2008年07月09日

たどり着く人はたどり着くもんだなぁ

このブログを作ったのは正直なところ、あの国について話せる人がいなかったからでした。いろいろ調べたり各種報道を見たりして、ねーよwwwと思ったことを吐き出すところが欲しかった。それにつきます。
私があの国にたどり着いたのは、恥ずかしながら数字板の国際スレです。あそこから国際情勢に興味を持ち、ニュース関係の板に出入りするようになったのが始まりでした。もともとねらーだったし、いつかたどり着く場所ではあったかもしれません。
最近、友人の一人が日本びいきの外人を見るとなごむまとめを見付けて、面白いよとすすめてくれました。前から知ってた私は、「ああ、こういうのも人にすすられるようになったんだ」とようやく思いました。オタクな話でなんですが、以前ジパングにはまったとき、その子にそれとなくWW2での日本軍のちょっといい話を振ったら、「でもそんなの一部でしょ、ひどいこといっぱいしてるじゃん」と返され、ああ、まだなんだなぁ、と少し落胆したのを覚えています。多分、その子のその時の反応が、今の大部分の人たちの反応なんだと思います。なぜなら、私もずっとそうだったので。
件のまとめブログをすすめてくれたとき、彼女は「日本も悪いことばかりしてたわけじゃないんだね」と言いました。海外に旅行に行って、教えられていたほど日本人は嫌われていないということを、肌で知ったのも大きいのだと思います。

もう一人の子が、最近あの国関係のサイトに行き当たったと話してくれました。その子はとても良い子で、一方からの見方だけで印象を決めるのはよくないといって、いろいろなサイトや資料を当たったのだそうです。彼女は「知れば知るほど嫌になる、ってあの国関係のサイトに書いてあったけど、本当だった」と言いました。
私自身はそろそろ笑韓の域に入ってしまったのですが、調べ始めた頃に同じように嫌な気分になったことがあります。嫌いだとか、嫌な気分になるのは体力を使うので、できるだけ笑ってすませたい。だから「ネタ」として笑い飛ばせればいいなぁと思ったのです。そう言うと、彼女はそうだねぇ、と笑いました。
彼女もきっと、積極的に広めていくということはしないでしょう。まだまだリアルではそういう話を嫌う風潮は強く、日本は悪いことばかりした、いいことなんてほとんどしてないという流れも強いです。特に両親の世代は本当にすごい。戦前(明治から昭和にかけて)は暗黒時代だったとか、朝鮮人はみな強制連行されてきたとか、本気で言っているのです。口論になって、証拠を出せと言われたので揃えて出したら、それ以来その話題を避けるようになりましたが、それでも今でも「神話」を信じているようです。こういう人の方が、きっとずっと多いのでしょう。

洒落にならないニュースや話題もたくさんありますが、幸い私はまだあの国の人でやばい人にはぶち当たっていません。前の会社の近くにあった韓国料理屋さんは清潔でおいしくて、大将も気さくな良い方でした。小学校の時に同じクラスだった子もそのご家族も(李をリと読んでいたので、たぶん北朝鮮系でしょう)、覚えている限りでは全然普通の人でした。(地域柄、どちらかというとBへの倦厭の方が強かったのです)
でも、今後の指針として、過去を正しく知っておくのは間違ってはいないと思うのです。
啓蒙活動をする気には、やはりなれません。ですけど、私が、友人がたどり着いたように、たどり着くべき人は遅かれ早かれたどり着くのだと、そう思います。
うーん。なんだかまとまらない。フィーリングで読んでください。すみません。
posted by NORIKO at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | この国のアレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

こういう印象操作っぽい報道やめて欲しいわ

イージス艦事故:親族に海自幹部「報道陣に知らんぷりを」
 海自館山航空基地での清徳丸の船体公開で、吉清さん父子の親族に付き添った横須賀地方総監部幕僚長の山崎郁夫海将補(55)が下船する親族に対し、報道関係者の質問に答えないよう求めた。記者の抗議で謝罪した。

 親族を乗せた交通艇が午後3時20分ごろ、基地内の船着き場に着き、親族が下船する際、山崎海将補は「報道陣がいますが一言も話さず、知らんぷりで通って下さい」と発言した。抗議に山崎海将補は「そう聞こえたなら誠に申し訳ない」としたうえで「(親族を待つ)報道陣の多さに驚いた。親族もびっくりし、トイレに行きたいという人もいたので、『早めにバスに乗り込んでください』という意図だった。情報を隠すつもりはなかった」と釈明した。公開に参加した親族の女性は「『取材が殺到して困る。マスコミをシャットアウトしてほしい』とこちらからお願いしたうえでの発言で、責めないでほしい」と話した。【中川聡子】

毎日新聞 2008年2月20日 21時53分 (最終更新時間 2月20日 22時15分)

事実のところはマスゴミに追いかけ回されるのに辟易した親族が「どうにかしてくれ」ってお願いしたってことですか……はぁ……
どうせこれだけ騒ぎ立てても訂正はなしで、うやむやなままにしとくんだろうな……
ちょっとこれ、海自側も漁協側も言ってることが二転三転してるんでしばらく情報収集しないといけないですねぇ。事故当時の状況がつかみにくいです。
posted by NORIKO at 16:22| Comment(0) | TrackBack(0) | この国のアレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月20日

いかん、わからん

お久しぶりです。イージス艦漁船と衝突のアレ。
ヤフー特集はこちら→イージス艦「あたご」衝突事故
しかしこれ、漁船の動きが何度考えてもわからん。

朝日新聞作成画像

朝日新聞作成の画像です。
この場合、結局イージスは直進するしかないんじゃないか。
これが正しいとするなら、混乱の原因は金平丸な気がするんですが(こうなったときの基本は右舵らしいので、イージスが右舵切っても左に切り直してる金平丸のせいで結局金平丸に当たる)、もしかして1分のタイムラグってこのせいか? レーダー見れば漁船の動きはわかるしなぁ
んでもって清徳丸は無線に応答しなかった、ということは寝てた可能性が非常に高いですな。
 午前3時半ごろ、幸運丸のレーダーに、左舷前方約9キロから接近してくる船影が映った。12〜13ノットで東京湾に向かっているようだった。

 「なんの船だ」「タンカーか、フェリーか」

 後続の漁船同士が無線などでやりとりを始めた。しかし、その中に清徳丸の吉清船長の声はなかったという。

 幸運丸は、イージス艦から見て右舷から左舷に横切る形で前方を通り抜けた。清徳丸などの船団が後ろに続いていたが、イージス艦はそのまま直進してきた。

 「危ない」

 後続の船は無線で連絡しあい、衝突を回避するため、次々とかじを切った。イージス艦は、曲がったり止まったりする様子がなかったという。清徳丸はこのときも無線連絡に反応しなかった。幸運丸のレーダーには、直進している清徳丸の影が映っていた。


上の特集ページによると、イージスのレーダー索敵範囲は300メートル以上とのことですんで、どちらかというとこれは漁船側が先に回避行動を取るべき、なのかなぁ。ところでイージスのレーダーって延縄漁船レベルのFRP船を探知できるんでしょうか? いや、できないと困るんですけど。海上テロし放題じゃん。
ただまぁ、目視班も一人や二人じゃないだろうし、さすがに気付かないはありえないんじゃないかと思うんですが……漁船が消灯してたとかじゃない限りは。
なんにせよ、イージス搭乗員の聴取が終わらないことにはどうにもなりませんなぁ。
posted by NORIKO at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | この国のアレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月12日

うーん

実は私Webデザイナーなんてのをやっておりまして、まぁ毎日ラフ描いたりタグ打ったり(いや打ってるのはドリなんですが)してるわけでして、まぁあれだ、うちの会社にも未来を夢見る就職活動中の学生さんが面接にきたわけです。
で、ちょうど手が空いてたんで上司と私がヒアリングに参加したわけなんですが(つーか、経験者採用とはいえ私まだ今の会社入って一年なんだけどいいんかこれでw)、なんか、うわぁ、若い……すげぇ。
うん、まぁ、私も学校卒業したてはそうだったんで、仕方ないんですけど、理想と現実のギャップというか……お嬢ちゃん、すまないがデザイナーなんてもんはそんないいもんじゃないぞ……リアルで「華やかな職業」とか言われて吹くかと思った。おまwww今日の私の服装は普通にキャミカーデGパンですが何かwwwwwwww化粧だってファンデ口紅以上ですが何かwwwwwwwwwww現実が目の前にいるんだから見ろwwwwwwwwwwww
センスは悪くないんだろうけどいかんせん学生らしい素朴さ……ああ、表現しにくい。ニュアンスでわかってほしい。つまり悪い意味で媚びがない、というか。きれいなんだけど、見にくい。一言で言うと、腐女子の作るちょっと小綺麗な同人サイト。同人サイトならあれでいいんだ、同人サイトならすっきり見やすい方だ。
同人サイトならな。
提出サンプルのソース見ると全然CSSが使えてないみたいなんで、今回は不採用の見通しです。しかし、私もかつて通った道なんで頑張って欲しい。

よく上司に言われるんですが、「デザイナーは芸術家ではない」わけで、ぶっちゃけDTPでもWebでもそうなんですが必要なのはセオリー>センスです。センスのあるどこになにがあるかわからないデザインより、セオリー通りのわかりやすいデザインの方がよっぽどいいんですよ。両立すればもっといいんですけど。そういう人はこんな田舎にいないし。
まぁ、こういうのは仕事しないとわからないと思います。実際私もわかんなかったんで。
なので、将来こっち系の仕事したい人なんかは在学中にデザイン事務所なりWeb制作会社なりでバイトでもした方がいいと思います。バイトでも実務経験あるのとないのじゃえらい違いだよー。

しかし、私の入る会社ってなんでこうぼろぼろ人が減っていくんだ……呪われてんのか?
posted by NORIKO at 15:53| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月18日

うどんバナ

こないだ久しぶりに山越行ったんですが、なんか味が戻ってた。よかったよかった。できだち食ったからかもしれんが。
ぶっちゃけちょっと前に山越行った時は結構味が落ちてて、「あー……こんなもんか……」と思ってたんですが、ちゃんとおいしくなっててよかったよー。なんだかんだで好きなんだ、山越……私の原点はきむらだけどな(´・ω・`)
総合的に好きなのはてっちゃん。めちゃくちゃうまいわけじゃないんだけど、いついってもそこそこうまいのが好き。あとだし巻きが好き(笑)
あとはー多度津の根っこのあったかいぶっかけが大好きだ! すんごいツルツルでめちゃうま! でも今のおばちゃんが掛けてくれるだしはちょっと多すぎる。前のバイトっぽい女の子が掛けてくれてただしが多すぎず少なすぎず絶妙な量だった。あの女の子カムバック。

ところであたりやって最近味落ちてない? 時間帯のせいかなぁ……
posted by NORIKO at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | うどんの国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月27日

似てる

日本の生活に絶望、北朝鮮へ帰国=脱北女性「誘拐された」と主張
6月26日13時1分配信 時事通信

 【北京26日時事】2003年に北朝鮮を脱出して日本へ戻ったものの、日本での生活に絶望して北朝鮮へ帰る決意をしたとする女性(57)が26日、北京の北朝鮮大使館で記者会見し、「悪い人間にだまされ、誘拐された」「日本(の生活)は人間が生きていく暮らしではない」などと語った。脱北後の生活は極めて厳しいと宣伝する狙いがあるとみられる。
 女性は在日朝鮮人の父と日本人の母の間に神奈川県で生まれたト・チュジさんで、1960年に両親と共に北朝鮮に渡った。トさんは03年10月に中国側へ脱出、瀋陽の日本総領事館へ入り、同11月に日本へ戻った後、千葉県松戸市に住んだ。
 しかし、アパートの隣人と全く交流がないなど日本の生活になじめず、北朝鮮に残した子供が恋しいこともあって北朝鮮に帰ることを決めたという。中国への脱出は「強制的に連れて行かれたものだった」と強調した。

なんか最近ちょこちょこ見るなぁ、こーゆーの。
最初から子供を残して脱北してるあたり宣伝塔だったんでしょうが。ちょうど時期もいいしねw

それより面白いなーと思ったのが「強制的に連れて行かれたものだった」ってとこ。
日本人拉致とも絡めてるんだと思うんですが、似てないですか? どっかの在日が言ってることと。
こんだけわかりやすく言われると在日も迷惑だろうなぁ、ってそんなこと考えて言ってないかwww
posted by NORIKO at 09:12| Comment(0) | TrackBack(0) | あの国のアレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月23日

長崎市長選のアレ

長崎市長選:事件に配慮、万歳控え 田上氏
長崎市長選、長女号泣も市民世襲NO

順当な結果だったと思います。むしろ接戦になったこと自体がおかしいともいえるんですが、まぁそこはいい。
とりあえず、娘さんのこれが一番のpgr
 「率直に言わせてもらえば、長崎市民の方々、父伊藤一長は、その程度の存在だったんですか! 残念です。父が浮かばれない。愛する長崎にこんな仕打ちをされて…」。突然、背後から射殺された父、その遺志を継いだ夫の落選。現実を突きつけられ、普段冷静な優子さんが、ひどく取り乱した。しゃべり終わると崩れ落ちるように倒れ、大声で号泣した。
率直に言わせてもらえれば、前市長はその程度の存在ではなかったけど横尾氏はその程度の存在だったと、それだけの話じゃないんですかねぇ?
今朝スッキリの街頭インタビューで「同情はするけど、政治は別物だから」と冷静に語っておられる男性がいて、まー普通はそうだわなと。世襲云々でなく、同情票だけで市長選を勝ち抜こうとした姿勢が明暗をわけたんではないかと思うんですが。
世襲議員なんて珍しくもないし、二世三世首長だってごろごろいるわけで、政治ができるなら二世だろうが三世だろうが別にかまわんのですよ。
ただ政治の話を横に置いて、感情にまかせて同情票を集めようとした戦略自体が間違っていたんでしょう。ま、同じようなこといろんなところでいろんな人が言ってると思うんですけど。
とりあえず、長崎は感情に流されない人がまだこれだけいるんだと思うと安心しました。まぁ感情に流された人がこれだけいるので、同情票というのがいかに有力かというのを露呈する羽目になってもいるわけですが……

一方うちの地元では、きわめて順当な結果に終わっています。こんなもんじゃね。
posted by NORIKO at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | この国のアレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月19日

同人走馬燈

喪ゲ女: 初めて自分が描いた同人誌のネタ教えて下さい
FF4だったっけロマサガ1だったっけ……ロマサガが先だった気がする。勢いだけのギャグマンガだった。たしかリア中だった。コピって友達に配ってた。なつかすぃ。
高校になってイベント参加しはじめたんだよなぁ。小遣いの中からコピ代とイベント費ひねり出してたなぁ。初めて本を買っていってもらえたときのうれしさはほんと忘れない。
今でも、出した本を買っていってもらえるとすごく嬉しい。ありがたいことにごくたまーに感想とかももらえて、キャラ解釈がぴったりはまってくれたりした時は(二次なので)、ほんとに手を取って踊りたいくらい。

でもときどき、慣れすぎてこういう初心を忘れがちになるんだよね。
本を並べて、読んでくれるかなぁ、気に入ってくれるかなぁ、っていうどきどきは今でも何度でも感じるから、がんばろう。うん。
posted by NORIKO at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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